
「セント・ビンソン チャリティ小学校」には、ベトナム、ホ−チミン市7区にある。周りには
午前中は市場が立つ様な庶民の生活の臭いがする場所。床屋と通称コム屋と呼ばれるベトナム式食堂に挟まれた
普通の家。ここが小学校には見えない。
日本人の藤牧勝久さんがベトナム人のオアン夫人とともに小学校を創立したのは1999年1月のことでした。
生徒はメコンデルタなど主に地方からホーチミン市へ出てきた家庭の子どもたちだ。
「実は地方よりも都会の方が学校に通いづらいんです。ベトナムの学校は公立とはいえ学校ごとに学費が違います。
都会の学校は学費が高く、地方から仕事を求めてやってきた家庭のなかには経済的理由から子どもを学校に
通わせるのが難しい人もいるんです。」(藤牧氏談)
市内の中心部に暮らしているにもかかわらず、家庭の重要な働き手として考えられている
子どもたちは学校にも通えない事情があったといいます。その状況を見かねた藤巻さんは、その
ような子どもたちが無料で通える私設学校をつくったのです。でも最初はなかなか受け入れてもらえ
なかった。子どもとはいえ立派な収入があるわけですから働くかわりに学校にいくなどとは親が許す
はずもありません。 しかし、この学校は定時制であり授業は午前か午後のクラスのみのため、学校に来ない時間は
ビーズアクセサリーづくりなどの仕事の時間にあて家庭にも収入を入れられるようにしたため
徐々に生徒が集まってきたそうです。


子どもたちがつ くったビーズアクセサリーは、日本の支援者により各地で販売されています。
“フェアトレード”という形で学校の運営にあてています。「学費は無料ですがそうした労働があることで単に
援助をうけるのではなく『自分の力で学校へ通っている』という自立心も育てていければと思っているんです。」
(藤牧氏談)
ベトナムでは出生証明書がなければ小学校に入学できない。この学校に入学を希望してくる子供たちのほとんどが
出生証明書を持っていない。そのため藤牧さんは自費で証明書を取ってあげている。
その時に誕生日を決め、正式な名前も決めるらしい。ほとんどの子供が正確な生年月日を知らない。
(親も「だいたい」しか覚えていない人が多いらしい)
最近、ベトナムは経済成長が著しい。学校のある7区も外国資本により高級住宅街ができたり
工業団地ができたりと開発が激しい。その為、子供たちの中には家賃(地代)の値上げにより
引越しをしなくてはならない状況に追い込まれている家庭が何件もある。そのような家庭には
学校で自転車を貸与して通学できるように便宜を図っている。
この学校は近隣にある「レヴァンタム公立小学校」の私立の分校となっている。つまり卒業時には
政府発行のレヴァンタム小学校卒業証書も交付される。
「今のベトナム、特に都市部では、少なくとも小学校を卒業していないと就職も難しくなっています。
ホーチミン市には識字教室のような私設も多くありますが、そこで学んだとしても正式な卒業証書を
手にすることはできません。たかが証書ですが将来のためには本当に重要なもの。
だからあくまで卒業資格が与えられる学校にこだわりたいんです。」(藤牧氏談)
この小学校には大きな支援をしてくれる企業も何もついていない。藤牧さんとオアン夫人は
「できる範囲で運営していければ」とあくまでも謙虚である。藤牧さんは1年の半分を日本で働き
その収入で学校を運営している。学校の実務はオアン夫人が切り盛りしている。
セント・ビンソンチャリティ小学校はお二人の愛情があふれている小学校だと思う。